世界最大級の消化器関連の学会である第50回のDigestive Disease Week(DDW)が2019年5月18–21日、San Diegoで開催された。このDDWは「アメリカ消化器病学会(AGA)」「アメリカ消化器内視鏡学会(ASGE)」「アメリカ肝臓学会(AASLD)」「アメリカ消化器外科学会(SSAT)」の4学会からなり、2万人以上の医師が集まる、消化器関連としては世界最大規模の学会である。多くの消化器科系専門医や大手内視鏡関連メーカーも集まる中、当然、AIの活用についても議論が活発に行われていた。DDWを通じて見えた内視鏡AIの動向についてライトにまとめてみようと思う。
AIに関する演題数は約50件
今回、AIに関するセッション数は期間中いくつかあったが、他と比較して多くの人が入っていたように思う。また、日本人が2~3割を占めるようなセッションもあり、日本人のAIへの関心も強いものを感じた。発表の多くは検出や分類の機能を有するAIの感度と特異度を示して、考察に「AIは効率化と精度向上に有用だ」と総括するのが定石になっていた。一方、数年AIに関する研究をしてきた研究者からすると、感度と特異度の数字自体に大きな意味がないことをよく知っている。評価指標が統一されているわけでないので、評価データを学習データに近いデータに選定することができるため、この数字自体に大きな意味を持たない。とはいえ、他に精度を示すことが難しいため、このような発表を余儀無くされるのである。今回、東京慈恵医科大学と当社エルピクセルの研究チームは、スピードと精度のトレードオフの関係から適切な変数の閾値の決定に関する工夫などについて発表しており、実用化に向けた研究発表を行った。
今後は、まだ他のチームで取り組まれていない領域・機器で感度・特異度を示すような研究も増えていくだろうが、ロバスト性向上、UI/UXと精度の関係、動画像の特徴に応じたコンベンショナルな画像処理技術とディープラーニング等の機械学習技術の組みわせの研究など、一言にAIといっても、様々な切り口で発表がなされていくだろう。
他発表団体Pick up
(1) ai4gi社 :オリンパス社と共同研究を進める米国企業
企業展示でのAIの存在感はまだまだ?
今年のDDWでは300弱の企業・団体が出展をしていた。内視鏡などの医療機器の展示から、関連薬の販売会社が多くを占めており、一部、AI等のソフトウェア展示も見られた。RSNA(北米放射線学会)では多くの大企業ブースにAIの文字が躍っており、約80社のベンチャー企業がAIに関する特設エリアで展示を行なっていたが、DDWではそこまでのAIの盛り上がりは見ることができず、外から見てAIの取り組みがすぐにわかる状態にあったのは数社程度であった。今回は特に印象深かった3社について紹介しようと思う。
Docbot:米国
ニューヨークのスタートアップ。精度等の数字は現地では教えてくれなかった。メンバーは全体で20人程度、うち1/2~3/4がエンジニアとのこと。主に3つのことに取り組んでいると紹介されており、(1)消化器内視鏡動画におけるポリープなどにハイライトするCAD機能、(2)レポート作成支援、(3)カプセル内視鏡、の3つが挙げられていた。そのうち、積極的に展示されていたのは(1)の中でも食道付近の異形の検出、ポリープの検出のみであり、(2)と(3)はまだまだアイデア・初期段階のように見られた。まだFDAは取得していないが、関連論文はいくつか紹介されている。正直、まだまだ駆け出しのようなイメージを持ったが、来年までにどこまで進んでいるのか注目してみたいと思う。
関連論文
Deep Learning Localizes and Identifies Polyps in Real Time With 96% Accuracy in Screening Colonoscopy
Urban, Gregor et al.
Gastroenterology, Volume 155, Issue 4, 1069–1078.e8
Su1642 Automated Polyp Detection Using Deep Learning: Leveling the Field
Karnes, William E. et al.
Gastrointestinal Endoscopy , Volume 85 , Issue 5 , AB376 — AB377
Argus(by Endosoft):米国
カリフォルニアのスタートアップ。プロジェクトメンバーは10人くらいで、エンジニアはその半分くらいとのこと。上述のDocbotは1区画なのに対し、こちらはメイン通りに面して2区画なのでより目立っていた。こちらはEndosoftという1995年に設立した会社がプロジェクトの一つとして始めたようで、マーケティング予算もそれなりにかけられるからであろう。こちらでは主に、大腸ポリープの検出について展示していた。特徴的なのは大腸ポリープの大きさも計測できていることをアピールしていたことである。一般的な内視鏡はデュアルカメラではなく深度を測ることはできいので、ポリープの大きさの計測は我々も諦めてきたのに対し、Argusはできると大々的にアピールしていてびっくりした。超大量の画像を頑張って学習させたのかとおもい聞いてみたところ、技術的にはとても単純なことをしており、内視鏡に付属しているスネアというワイヤーのようなものと比較してスネアの先端にあるポリープの大きさを計測しているようである。内視鏡を消化器の奥に挿入していく操作の流れで自然に計測できるわけでなく、スネアとの比較による計測と聞いた時はとても残念な気持ちにはなった。逆にいうと、これでも大々的に大きさを測る技術としてアピールしても良いのなのだと、開発者視点としては楽な気持ちにもなった(気がする)。
Medtronic:米国オペレーション(本社アイルランド)
こちらは1949年創業の心臓ペースメーカーを中心とした医療機器の開発販売を行う上場企業。大きなブースの中央に、内視鏡のポリープの検知のAIを展示していた。CEマークを取得しているようで、現在FDA申請中のようだ。いくつか質問したが少なくとも私には何も教えてくれず、残念ながら、まだ売り物ではないと強く言われるだけであった。私が見た限り大きなブースでAIを目立つように展示していたのはここくらいで、来年はどこまで進捗があるか注目してみたいと思う。
DDW2020はどうなるか?
DDW2019では、AIに関するセッションに参加する人数は多く、総じて関心が高かったと言えるだろう。しかし、RSNAで80社近くのベンチャー企業、また多くの大企業がAIに関して展示していたことと比較すると、その量や多様性はまだまだ少なく、個人的には3年前に参加したRSNAと同じような印象を受けた。逆にいうと、3年くらい前から劇的にAIに関する関心が大きくなった放射線科と同じようなことが、内視鏡でもおこる雰囲気も感じた。ではなぜ、放射線科と内視鏡は数年のタイムラグがあるのだろうか。当然、検査数の違いなどはあるだろうが、私は他にの、動画像撮像時にリアルタイムに病変を検出すこことが求められるか否かがその差を生んでいるように思う。放射線科の場合、撮像して数日後に医師による診断がなされたり、遠隔読影といって、インターネットを通じて画像を転送し、リモートで診断結果を送付することが可能である。また、CT/MRI等の撮像機器ベンダーと、その画像を管理するPACSベンダー、高度な画像処理を行うワークステーションベンダーなど多くの連携先が考えられ、PACSベンダーやワークステーションベンダーはいわゆるIT屋なので、AIと連携する際のスピードも早い。一方、内視鏡にも二次読影というものはあるが、基本的にはリアルタイムで検出することが求められる。そうすると、データをダウンロードして独自のビューワーに転送している時間的な余裕も少なく、内視鏡機器と直接連携することが求められる。内視鏡AIの搭載にあたっては、基本的にはIT屋ではない内視鏡機器ベンダーとのパートナーシップが不可欠になる。
内視鏡のトップベンダーであるオリンパス社は19年3月、CADオープンプラットフォームを発表しており、AIベンダーが集まりアプリを搭載できるようなプラットフォームを構築するプランを発表した。内視鏡がiPhoneのApp Storeのようになれば、AIベンダーはそこにアプリを搭載することが容易になる。こうしたプラットフォームが内視鏡機器ベンダーから開かれたことは追い風になり、これからさらにAIは内視鏡でも盛り上がってくることだろう。また、現在の売り切りのビジネスモデルから、少しずつサブスクリプション型のビジネスも生まれてくるはずである。今年のDDWでもFDAを取得しているものは見られず、来年のDDWではまだまだ商用化で実績をアピールするところは少ないだろうが、来年は今年の数倍の発表・展示数はあるだろうし、大きな変化を感じることは間違いないだろう。